大人の準礼装を気負わずさらりと
「スーツが似合う男性」はすてきです。
そして「タキシードが似合う男性」はさらにすてきです。
なぜなら、タキシードが様になっている人は「自信」「上質」「品格」「経験」「ウイット」といった、「できる人」が持つ要素を感じさせ、ビジネスマンとしてハイグレードなイメージだからです。
ところが、「自分とは無縁の衣装」と最初から決め込む方が多いような気がします。また、いざ身につけると、どこか不自然で「借り物」になってしまう人も少なくないようです。
うまく着こなせば、それだけでハイグレードなイメージを演出してくれるタキシード。大人の男性なら、そろそろ着こなすことを考えてみませんか。
構えずに楽しみたい
いきなりタキシードといわれても、自分には着る機会はないし――。そう思われる人がほとんどかもしれません。
確かに、タキシードを着る場面としてイメージしやすいのは、セレブが集まるような豪華絢爛(けんらん)なパーティー、スターが登場する映画のプレミアとレッドカーペットなどでしょうか。
確かに一般人とは無縁の世界に思えます。
しかし、欧米のビジネスマンにとって、タキシードを着用する場所や場面はもう少し身近なもの。
生活の中で「ドレスアップを楽しむ」ことは、ごくごく自然なことなのです。
例えば、高校生のうちからロングドレスの女性とともにタキシードで参加するダンスパーティーもありますし、質の高い演奏会やミュージカルの初日にはご年配の方もタキシードで出かけたりします。
それだけでなく、企業が催すお得意様との懇親パーティーなどでも、ドレスコードが「black tie(ブラックタイ=タキシード着用)」と指定されることがままあります。
これは欧米だけでなく、香港やシンガポールでも珍しいことではありません。
日本国内での普通のディナーでも、海外の方がホスト役ですと、日本人ゲストもごく当たり前に着られています。
もちろん、タキシードに非日常な特別感やフォーマル感があることは間違いありません。
しかし、だからといって必要以上に身構えることもありません。
「ドレスアップした雰囲気の中で人と交流する」という場面は日本にもすでにありますし、これからも増えていくでしょう。ビジネスマンであれば、そういう場面にも普通に対応できたほうが格が上がります。
必要以上に身構えることはない
ただ、日本では礼装といえば冠婚葬祭、結婚式やお葬式くらいで、ついつい「身構えてしまう」ところがあります。
さらに、「変に浮いたりしないか」「頑張り過ぎと思われたりしないか」と、ドレスアップを怖がってしまいがちです。
「普段どおりで十分」「面倒」という意識の方が勝ってしまうのも仕方ないかも知れません。
しかし、海外赴任などで日本の社会を外から見たことがあるビジネスマンに聞くと、「普段のままで十分」「面倒」という感覚では通用しない場所が多くあることがわかります。
ですから、これから服装の意識もちょっぴり見直す必要があるのです。
例えば、招待状に「black tie」と書いてあれば、逃げようがありません。お声がけくださった人が「一応フォーマルだから」と言うのなら、タキシードです。
タキシードが常識だなんて…?
ここで冠婚葬祭を想像してはいけません。
「ちょっと格式高い、堅い感じの」くらいのニュアンスでとらえてください。
バレエやオペラなどの文化的催しものの初日もほぼタキシードです。
オーストリアのウィーンで、オペラのオープニングレセプションに招かれたある商社の中堅幹部は「タキシードが常識なんてあの時に初めて知ったけど、あとの祭りだった」と、うっかりふさわしくない服装で参加してしまったことを悔やんでいました。
もちろん、もしそうなっても日本人だから、出張中だから、ということで寛容でいてくれる人が多いと思います。
しかし、やはり一人前として認められることではありません。
先の中堅幹部は「邪険にされたわけではないが、自分一人がこの中で『大人じゃない』んだなあとつくづく思った。やっぱり自分を含めて日本人って子供だと思った」と当時の心境を教えてくれました。
服装には「社会的成熟度」や「自己認識力」がにじみ出ます。また「人や場所に対する敬意表現」という機能もあります。大人であるビジネスマンなら、必要に応じて、タキシードをさらっと着こなし、その場の雰囲気を楽しめるようになっておきたいものです。
タキシードは「夜」の準礼装
日本の礼服は「ブラックスーツ(礼装用の黒色スーツ。ディテールは普通のスーツとは異なる)」が一般的です。
そのせいかブラックスーツを「第一礼装」のように思っている人も多いようですが、それこそグローバルスタンダードのドレスコードでは、ブラックスーツは「略礼装」に過ぎません。
洋装での夜の第一礼装(正礼装)は「燕尾服(えんびふく、テールコート)」であり、その次となるのが準礼装の「タキシード」になります。(ちなみに、午前中から昼間にかけての第一礼装は「モーニング」、その次は「ディレクターズスーツ」です)
一着あれば安心
昼と夜をしっかり分けるのがフォーマルウエアのルールでもあるのです。
ですから、ごく一部の例外を除いては、昼間にタキシードを着ることはありません。夜の服なのです。
燕尾服は文字通り後ろに燕(つばめ)の尾のように布を垂らした上着を着ます。
さすがに頻繁に着るものではなく、着用は非常に格が高い場面や伝統的な機会に限られます。
その点、「燕の尾」を切り取ったタキシードは着やすいため、割と広い場面をカバーします。
ですから、着慣れておくと、ほとんどの夜の場面はバッチリ、というわけです。(ただし、タキシード誕生の由来は諸説あります)
とにかく、海外への出張などで取引先とのパーティーがあるかもしれない、何かの催しに招待されるかもしれない、というときは一着あれば安心です。
スーツはもともと着る人を「できる男」に見せるように出来上がった衣装です。タキシードもしかり、基本さえ押さえておけば「きちんとした、グレードの高い男性」に見せてくれます。
まずは欲張らず、基本通りに
ポイントは普通のスーツとほぼ同じです。中でもやはり最も大切なのは「サイズ感」です。
肩や身幅、シャツの首回りやパンツ丈など、サイズがフィットしていれば「借り着」や「制服」にはなりません。
「そろそろ一着自分のものを」とお勧めするのも、ご自身にフィットするものを手に入れていただきたいからです。
サイズをフィットさせるには既製品をお直しする方法とオーダーする方法があります。
タキシードは普通のオーダースーツよりも高めの価格となりますが、これから活躍する人、活躍中の人なら必ず良い投資となります。
デザインや合わせる小物などは、最初は欲張らずに基本通りのものにすることをお勧めします。
若い人ですと、いろいろアレンジを加えている人も見かけますが、ビジネスマンとして上質な装いを手に入れたいなら、スタンダードに着こなすほうが信頼度は増しますし、逆に格好いいはずです。
しかも、あまりアレンジしてしまうと、肝心なフォーマルな場では通用しないものになってしまう恐れがあります。
まずスタンダード、慣れたらアレンジを加えていく、としたほうがいいでしょう。
(この記事は日本経済新聞 電子版掲載記事を一部改変しています)