相手の意識があなたとあなたの話す内容を受け入れるようにするための大事なプロセスについてお伝えします。


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「つかみ」のための本質的な方法

 

スピーチやプレゼンは「つかみ」が肝心、と言います。「つかみ」とは、聞き手の関心を惹くことです。そのために、最初にジョークを言って笑わせたり、流行りの話題で乗ってきてもらう、など、話し手になる人はいろいろな工夫をしています。

しかし、笑いや流行りの話題で一時的に関心を得るだけでは、あまり効果はありません。肝心であるのは、聞き手と話し手の良い関係性づくりです。聞き手が抵抗なく話に入ってこれるよう、話し手に対しての親和性や信頼感を高めることです。

ですから、笑わせたり、流行りの話題で乗ってきてもらう、なども手ですが、それらをする前に、関係性作りの本質的な方法を理解しておきましょう。ここからお話しすることはその本質的な方法である「ラポール」です。

 

 

 

「ラポール」を形成する

 

「ラポール」は臨床心理学で使われる言葉ですが、聞いたことがある人も多いでしょう。意味は「人と人とが親しく感情がかよいあい、一定の信頼感が担保できている状態」です。 臨床心理学ではカウンセラーやセラピストなどがクライアントに対して加療を行うとき、クライアントのさまざまな生活の細部や心の深部を探る必要がありますから、早期に心を許してもらい、信頼してもらう必要があります。そうしたことから、「ラポール」の状態を作るための心得やテクニックについて多く研究されることになったのです。

人は本来、外部に対して本能的な警戒感があります。外部からの刺激に対して壁のようなものを備えている状態です。ラポールを形成することによって、その壁は低くなり、乗り越えやすい状態に変化していきます。プレゼンやスピーチなど1対多の話ではラポール形成ができて何がいいかというと、「聞き手が話にはいってきやすくなる」、つまり話し手の自分や話す内容に興味をもってもらいやすくなります。さらに大事なのが「言っていることに対して、信頼や賛同が得られやすくなる」こと、「行動してもらいたいことが伝わりやすくなる」ことです。つまり、あなたが話す内容に価値を感じてもらいやすくなるのです。

逆に最初のほうでラポール形成がうまくできないと、話し手や話す内容に関心が薄いまま、話し手に対する信頼も薄いままで、話し続けることになりかねません。それでは聞き手を説得できず望ましい方向へ向かわせることはできないのです。

特に話初めの段階でラポール形成を意識しましょう。

このことがわかっていれば、笑いや流行りの話題はもっと効果的に使えるでしょう。笑わせたり、一緒に笑ったりする場面があれば、お互いに親しみが増すに違いありません。また、大多数の人が知る流行りの話題なども聞き手の「共感」を引き出し、話し手への親和性を高める効果が見込めます。

 

 

 

欠かしてはいけない「ペーシング」

どんな方法で最初のラポールを築くのであっても、非常に重要なテクニックがあります。それは「ペーシング」です。ペーシングとは相手に「合わせる」ことです。コミュニケーションにおいては、1対1でも、1対多でも、相手のペースに合わせられないと、「ラポール」は形成されにくくなります。それは、相手が感じる「異和感」が、警戒心や不快感をいたずらに刺激するからです。

 

一般的にペーシングを意識すべき要素は、以下のものです。

・呼吸

・姿勢や動作

・表情 感情 まばたき

・声(大きさ トーン テンポ)

・相手が使う言葉

・コンテクスト(話の流れや背景)

 

プレゼンやスピーチの中では特に、呼吸、声(大きさ トーン テンポ)、感情、に配慮してください。以下、注意点を説明します。

 

呼吸

人前で話す時、聞き手と「少し呼吸を合わせる」感覚を持ちましょう。特に最初から話し手の自分に注目している数人と一緒に「吸って、吐いて」を1~3回繰り返してみます。自然にあなたへの注目度が上がります。数人と完全に呼吸を合わせるのはもちろん難しいですが、気持ちの上で数人とシンクロすれば、他の聞き手もあなたに注意を向けるようになります。

 

「第一声」は非常に重要です。コツは「ノーマルに始め、相手に合わせて調節する」ということです。

時々、大声で元気に「こんにちはー!!、○○でぇーす!、元気ですかあー?」などと始める人がいますが、聞き手の心理におかまいなく大声で始めることはおすすめしません。聞き手には違和感となりやすく、かえって心理的な距離を感じさせてしまうからです。

もちろん、声の大きさは相手にしている人数や会場の広さなどによって加減が必要です。プレゼンやスピーチの場合、聞き手も緊張して少し静まっているか、逆に統制が効かずにザワザワしているかのどちらかでしょう。静かであれば静かめな声で、ザワザワしているようであれば強目に呼びかけるように、など相手に合った切り出し方は工夫するようにしましょう。ことさらに元気な大声を出す必要はありません。マイクがある場合は普通の音量で大丈夫です。

ノーマルに始めると、聞き手の雰囲気を見て声の高低や話すスピードを変えることができます。通常は話していると声が徐々に上がりますので、少し低めの声で始めることをお勧めします。聞き手を観察して言い方を考える、気持ちの余裕も持ちましょう。

 

感情

感情は主に表情や声音に出ます。ここでも「ノーマルに始める」ことを心がけて下さい。思い切りニコニコ笑ったりする必要はありません。

聞き手に笑顔が多いようでしたら、笑顔で始めます。笑顔が少ないようでしたら、軽いアルカイックスマイルからくらいが適切です。

あなたがするようなプレゼンやスピーチで、聞き手が陰鬱な雰囲気や悲哀を感じる雰囲気にいる場面はないと思いますが、もしそんな場面であり聞き手に合わせる必要も感じるのであれば、当然表情や声音はペーシングを考えなければなりません。

聞き手は最初は内心で「この話し手はどんな人かな、どんな話をするのかな」と一種の「探り」を入れていることが普通です。そこに雰囲気にお構いなしに変に大声を出したりすると、自然に話に入りにくくなりますし、場合によっては無意識の反感さえ持たれてしまうかもしれません。しょっぱなに聞き手を驚かせて注目を集めようとして失敗する人は少なくありません。

 

 

 

では、ここからはラポール形成のための「発展形」についてお伝えします。

 

 

 

ベテラン講師がよく使う「YESセット」

 

「つかみ」として、ベテラン講師がよく使う手に「YESセット」があります。

「YESセット」とは、最初「自然に同意してしまう話題」を数回相手に振り、相手に「そうですね(YES)」と言わせることで、自然に相手との親和性を高める、という話法です。初対面の人などと打ち解けたいと思うときに使うと一定の効果があります。社交マナーなどでも教わる方法です。

1対1の場面でよく使われますが、スピーチやプレゼンなど1対多の場合でも使えます。話の本題に入る前に、1対1のときと同じように「誰もが『そうだ』と思いやすい客観的な事実」を質問形式で言っていきます。

 

例えば、このように進めます。

話し手「さて、午後の部が始まりました」

(聞き手「(同意してうなづく)」)

話し手「ちゃんと昼ご飯を食べましたか?」

(聞き手「(同意してうなづく)」)

話し手「それなら、少し眠たいのではないですか?」

(聞き手「(うっかりうなづき、数名が笑い)」)

 

内容はこれくらい軽くてかまいません。コツは、聞き手がうなずいたり、心のなかで同意する時間を数秒おいて、いかにも聞き手の答えを待っているように振る舞うことです。

人間の心理には「一貫性の法則」があるとされます。それは最初数回連続して相手の言うことに同意すると、その後はその態度を一貫して続けようとする、というものです。 一貫して同意してくれるということは、こちらへの警戒心がやわらぎ、親和する気持ちが強くなる、ということです。つまりラポールが形成されやすくなるわけです。

このYESセットのあと、「では目が覚めるお話しから始めます」と本題にスムーズに入れる流れも自分で作れます。また、「ペース&リード」をしかけて、聞き手が無意識に話に集中しやすくすることもできます。

 

 

聞き手を動かしやすくなる「ペース&リード」

 

ベテランの話し手の中には、ペーシングや「YESセット」などのようなラポール形成のプロセスだけではなく、応用編としてその後「ペース&リード」をしかけていく人もいます。

「ペース&リード」とは、聞き手のペースに合わせることによって聞き手との親和性を高めたあと、だんだんと話し手のペースに巻き込んでいく方法です。少しずつ単純でわかりやすい指示などを聞かせることで、相手が疑いなく話し手の言うことに従い始めるよう誘導します。

 

例えば、上の「眠たいですか」からですと、こんな流れが考えられます。

 

→話し手「ご飯を食べた後はやっぱり眠たくなりますよね」

 (聞き手うなづく)

→話し手「だるくなるので、少しリフレッシュしましょう」

 (聞き手に軽い指示を入れる)

→話し手「ではここで両手をあげて、うーんと言いながら「伸び」をしましょう。行きますよ、はい、『うーん』…」

 (聞き手に指示をして動かす)

 

このようにすると、聞き手は話し手の言うことを聞くことに抵抗がなくなっていきます。

話し手の指示に慣れていくのです。このようにしていくことで、本題に入ってからも「ここはよく聞いてください」「注目してください」などの指示にも従いやすくなり、話の内容に集中してもらうことが容易になるのです。

 

いかがでしょうか。ジョークやローカル話などの「つかみ」も、本来は「ラポール形成」が最終的な狙いです。 ペーシングに注意し、ラポール形成ができるよう工夫をしてください。