顔はいちばん見られるパーツ。コミュニケーションの上で表情は重要です。適切な表情はいつも言葉の説得力を強化し、言葉によらず人を動かす影響力を持ちます。「表情のコントロール」の力を磨き、伝える力を高めましょう。
AUDIO
(トータル時間:16:52)
■表情コントロールとは(時間 06:11)
■これは困る「矛盾を引き起こす表情」(時間 03:15)
■どの顔も変わらないという人は(時間 07:26)
MOVIE
(時間 16:53)
■表情コントロールとは(00:00〜約06:11)
■これは困る「矛盾を引き起こす表情」(約06:11〜約09:26)
■どの顔も変わらないという人は(約09:26〜約16:53)
TEXT
表情コントロールとは
表情コントロールとは、直接的な言葉で言うと「顔面管理技術」です。仰々しい感じがしますが、社会的に適切と思われる感情や、相手の言葉や行動に対する反応を表情で工夫して表現することです。
例えば、強烈な怒りの感情を感じたとき、親しい人間に対してなら表情に表すかもしれませんが、上司や取引先の場合そのまま表してはマズいという判断があれば、うまく隠すはずです。
また、誰か手作りのケーキをいただくような場面では、相手を嬉しくさせたいと思い、思い切り美味しそうな顔でケーキをほおばったりするようなことがあります。
前者は「マスキング(隠す)」、後者は「強化」と呼ばれる顔面管理技術です。
「なんだ、そんなことなら日頃からやっている」と思われる方も多いでしょう。実際、このようなことは、私たちは人生のかなり早い段階で自然に学習することが心理学などの研究でわかっています。その後、どの程度習熟するかどうかは、地位や性別、年齢や社会的役割などによって変わるようです。
ただし、やはり周囲を観察し、気づかいする気持ちが強い人のほうが習熟度は高いようです。ですから、表情コントロールは、ある意味では社会的な成熟度のバロメータです。
社会的にレベルアップすると、つまり成熟して見られる年齢になったり、仕事や部下などに対して責任のある役割になったりすると、その管理技術にもレベルアップが求められます。この章では、そのレベルアップにつながるお話をします。
最初に「意図」ありき
「意図」して「選択」するという意識
表情を持つのは人だけ、と思う人は多いですが、人間以外の動物も表情があることはけっこう知られています。ペットを買っていらっしゃる人であれば、思い当たることも多いでしょう。犬などは機嫌がいいと口角が上がったり、不満そうな時は眉根がよったりします。表情筋を持つ生物は自分の状態や反応、感情などを外に表現できる能力を持つのです。とても素晴らしい能力です。
社会においては、自分をうまく表現し、他者に物事を伝えやすくするためにその表現能力をしっかり使っていきたいものです。そのため、自分の役割や場面から「どうすべきか、どんなことが望ましいか」を判断。意図して、反応や表情を選択する、ということが必要です。こんなふうにいうとむずかしく感じるかもしれませんが、多くの人が日常で人間関係などを円滑にするために、無意識にしていることかと思います。
ただし、それをさらに明確に意識することで、コントロールする力は上がりますので、日頃から少しずつご自分の意図と、それに沿って表情を選択するという行動意識を磨いてください。
4つの顔面管理技術
人間は4つの顔面管理技術を基本的に身につけています(MaCrosky & Richmond)。次の4つです。
●マスキング
役割やその場の状況に期待される感情や雰囲気に配慮して、自然な表情を他の表情に置き換える(怒りを隠して平静な顔をする、など)
●強化
感じたことをさらに明確にするため表情を誇張したり、他者の感情に対応して同調する表情を強めたりする(友人の手作りのケーキを目の前でいただくときに、美味しそうな表情を強く出す、など)
●中立
感情が読み取られることが自分や他者の不利益になるときに、感情がないように見せる(いわゆるポーカーフェイス)
●弱化
節度が求められる場所や場面において、感情表現を弱める(非常に嬉しいが、公の場なので表情を抑える、など)
普段していることを技術としてあらためて見ると、面白いですね。自分がふだんどんな表情を選択をしているか、あるいは選択しがちであるかを考えてみてください。そうすると「表情を選択する」という行動意識を持ちやすくなります。
アルカイックスマイルやポーカーフェイス
例えば、「ワンランク上の人の表情」ではアルカイックスマイルについて説明をしましたが、アルカイックスマイルは、素のままの無防備な表情や不機嫌に見えるかもしれない表情を、余裕や品格が感じられる表情に替えているという点でマスキングのように用いることが多いのです。しっかり使ってください。
また、中立の表情である「ポーカーフェイス」と呼ばれる表情は、アルカイックスマイルが少し口角をあげた表情であるのに対して、口角がいくぶん平坦になった表情と思っていただいて構いません。ビジネスの現場では、動揺を相手に伝えたくないときや、好意的な表情をすると一方はいいがもう一方へ何か差し障りがあるなどの複雑な場面はいくらでもあるものです。そんな、場面においても頼りになる人物となるために、ポーカーフェイスは技術のひとつとして身につけておいてください。
これは困る「矛盾を引き起こす表情」
「こちらは怒っているのに、何をヘラヘラしているんだ!」ある店舗でこんな怒鳴り声の場面に出会ったことがあります。どうやらクレームの真っ最中らしき男性は顔を真っ赤にして怒っています。それに対してその男性を怒らせたらしい接客係は眉はハの字ですが、口元は口角が上がって確かに笑っている形です。
これは明らかに「表現すべき感情に矛盾を引き起こした表情」です。まず、眉はハの字であるのは、悲しみや驚きの時に起こる表情筋の動きです。これだけ見ると、困惑した様子が見て取れます。場合によっては、申し訳なく思っている様子と取れないこともありません。
しかし、口元では口角が上がって笑いと取れる印象になっています。笑う表情は嬉しい、幸せ、楽、楽しい、などの感情を伝えます。
眉で表した表情と口元の表情の矛盾、また人を怒らせているという状況に、嬉しい、幸せ、楽、楽しい、と伝わるような表情が出ているのは状況に矛盾します。
そのような表情の不一致により、男性の怒りをうけとめ謝っているはずの接客係は行動が一貫していないように見えます。これでは謝罪の言葉も男性に届かず、むしろ男性が怒っている状況の深刻さが接客係に伝わっていない、という不満を抱かせることになります。
このようなことは、けっこう起きやすいのです。謝罪会見などでも、「すみませんでした」という言葉と不満いっぱいの表情が矛盾を起こしている例はよく見ませんか。炎上の原因になりますね。
表情と、言葉や状況が矛盾するのには典型的な理由があります。一つは、その人が「自分の意図がありながら、間違った表情を気づかずに浮かべている」ことと、「日頃からどんな状況でも、とりあえずある特定の表情を浮かべるのがクセになっている」ということです。
「自分の意図がありながら、間違った表情を気づかずに浮かべている」人は、自分の表情に対する意識が希薄な状態と言えます。対応策とすれば、やはり表情筋を柔軟にし、自分がある程度思うように動かせるようにしておくこと、そして自分がしている表情、自分がしたい表情を理解し選択できるよう、鏡で自分の表情を客観的に観察することです。
また、「日頃からどんな状況でも、とりあえずある特定の表情を浮かべるのがクセになっている」と、合わない状況でも条件反射のようにその表情が出るということがあります。先ほどの接客係の人も「とりあえず笑顔」のような仕事上のパターンがあったので、つい反射的に口が笑い、矛盾した表情になったのかもしれません。対応策としては、自分の表情を「意図」して「選択」する、という意識をしっかり持っていただくことです。
「どの顔も変わらないんです」の対応策
意外とよくあるご相談に「感情表現が得意ではなく、どの顔もあまり変わらないんです」というものがあります。このような状況も困りものです。本人は言葉と表情を一致させているつもりでも、他者から変化がわからないので何の効果もありません。挙句に「説得力が弱い」「あの人の話は入ってこない」などとカゲで言われてしまう、という残念なことになることがあります。
対応策としては、以下のようなものがあります。
●目元・口元のエクササイズをして表情筋を動かせるようになっていただく。
●笑い、怒りなどの典型的な表情で顔を撮影し、眉や目、口元など動きが弱いところを重点的に動かす。
●演劇的なエクササイズをサイレント(声を出さず)で行う。例えば「あなたに期待している」というセリフを口には出さず、表情で表現する。
●日常的に顔のパーツを大げさに動かすエクササイズを鏡を見ながら行う。(眉を上げて目を大きく見開く、思い切り笑顔になる、思い切りしかめ面をする、など)
もし、あなたが同様の悩みをお持ちでしたら、これらのエクサイズを行ってください。必ず改善できます。
表情変化を意識してさらにコントロール力を高める
「表情を豊かにし、言葉と違わぬようにしなさい」。これは「論語」に書かれた、「上に立つ人に大事な心がけの三つ」のうちのひとつです。論語と言えば2000年以上前の書物ですが、そんな昔からリーダーにとっての表情の大切さが言われていたのは感慨深いです。
表情を豊かにしてください。
と言っても、誤解しないでください。「表情を豊かにする」ということは、常に表情を動かし、過剰に感情を露出しろということではありません。アルカイックスマイルをご紹介したように、感情が過剰ではない、余裕や落ち着きや品格のある表情をキープできているだけで素晴らしいことなのです。
しかし、その上で自分の表情に興味を持ち、また優しさ、励まし、慰め、戒め、などの多彩な表情を体得し、それを使うべきときに繊細に使えれば、あなたが人に何かを伝え、訴える力は本当に大きくなるでしょう。それが、「表情を豊かにする」ということです。あくまで理想の話ですが、ぜひそのような豊かさを目指してください。
それには、表情筋が柔らかくし、できるだけ自分の思うとおり動かせるようにすることが先決です。また、鏡を見て、自分がしたい表情と実際に自分がしている表情のギャップも知っておきましょう。
その上で「意図」と「選択」を明確に意識するようにしてください。
なお、この章の終わりに人間の典型的な表情の動きを示した図を載せておきます。これを使ったエクササイズとして、表情の変化を意識して体得しましょう。
各表情を思い切りした後に先にご紹介した四つの顔面管理技術を練習していただければ完璧です。練習しているうちに、表情のコントロール力がつきますし、自分でも自信が出てくるでしょう。
【具体的な方法】
鏡を見ながら行ってください。
1 素の顔から典型的な表情(例:怒り)を思い切り表現する
2 (マスキング)表情をアルカイックスマイルに変更 → 素の顔に戻る
3 (強化)1からさらに感情を強調するような表情をする → 素の顔に戻る
4 (中立)1から表情をポーカーフェイスに変更 → 素の顔に戻る
5 (弱化)1から表情を弱める
このように表情を自在に変えることによって、あなたは表情のマネジメントがだんだん得意になってきます。最初は鏡を見て、自分が意図した通りの表情になっているかを確認してください。マスキング、強化、中立、弱化、自分が意図したときにその思い通りの表情に変化させられているかを見てください。
(以下の資料は日本顔学会の著作から引用しています)
いかがだったでしょうか? 表情コントロールの技術とそのためのエクササイズをご紹介しました。
言葉の説得力を強化し、言葉によらず人を動かす影響力を高めるために、ぜひこの章の内容を理解し、実践し、意識をしてください。言葉以外の表現力である非言語メッセージにはほとんどの場合国境がなく、言葉より強いと言われています。
非言語メッセージにはまだ多くの種類がありますが、その中でも最重要な表情の可能性を手にしたあなたは言葉だけでなく、誰にでも通じる強い表現手段を持つことになります。