あんなに張り切っていたのに。ときどき見られる奇妙な傾向

長年、エグゼクティブプレゼンスのトレーニングを提供してきた中で、
私は、ある時からトレーニングを申し込んできた方に一定数起こる、ある奇妙な傾向に気づき始めました。

意欲的にコースを始めた方が、ある時点から急にトレーニングから「逃げる」ような態度を示すことがあるのです。

「エグゼクティブプレゼンスを身につけたい」
「今後のキャリアのために自分をもっと成長させたい」

最初はあんなに張り切って始めた方ばかりなのに。しかも、印象が真面目で責任感が強く見える方ほど、この傾向が出やすい、そのように感じました。

 

このコースだけではありません。

あなたはこんなことはありませんか?

たとえば英語学習。最初は「がんばろう!」という気持ちで学習アプリをダウンロードしたが、今はアプリをずっと開かないまま。あるいは読書。「おもしろそうだ!」とワクワクしながら購入した本だが、今は「積ん読」の状態に。

「やらなければ」「読まなければ」とは思うのだが、気が重い。最初のうちのあの「意欲」はどこにいったのだろう…。

いかがでしょうか? こういった状況に思い当たる人は案外多いのではないでしょうか。かくいう私も同じような経験がたくさんあります。

ですから、大事なことをここで最初にお伝えしておきたいと思います。
こうしたことは、意志が弱いから起きるのではありません。これは脳の自然な反応なのです。そのからくりを知って、セルフコントロールに役立ててください。

 

「心理的リアクタンス」という「しょうがない」構造

さて、少し考えてみてください。
あなたは何かを始めるときは、大体の場合「やりたい」と思って始めていると思います。つまり、”希望や欲求”を感じている状態です。しかし、それがいつの間にか「やらなければ」という痛みを感じる思いに変わっていませんか>

特に「学びや訓練」に関することであれば、いざ始めれば新しい知識の獲得や記憶、技術の練習など「やるべきこと」が出てきます。そのときに、”希望や欲求”のようなポジティブな感情を生んだはずの「こと」がまったく自然に「やらなければ」という”強制や拘束”というネガティブ感情を引き起こす対象に変容します。

このような心理の動きについて、1966年に心理学者のブレームが提唱したのは「心理的リアクタンス」という概念です。
これは、「自分の自由が脅かされた」と感じた瞬間に、その自由を取り戻そうとする反発衝動が自動的に生まれる、という心理のメカニズムです。
「やりたい」という状態では、行動の主体は自分の意志にあります。しかし「やらなければ」に変わった瞬間、その行動は「外部から課されたもの」として脳に処理されます。たとえ、誰か他人に強制されたわけでなく、最初は自分が決めたことであってもです。
その瞬間、脳は反発する作用になるそうです。つまり、自分が選び近づこうとしたはずの目標から、今度は背を向けて逃げたくなる。これが誰にでもよくおこる「やりたい」が「やらなければ」になったとたんに嫌になる構造です。何でも義務感になったとたんに逃避を生むのです。

この心理を脳科学の点から詳しく説明すると、以下のようになるそうです。

「やりたい」という状態では、ドーパミンが分泌され、前頭前皮質が目標に向かって活性化しています。これを「接近動機」と呼びます。文字どおり、何かに近づいていこうとする力です。
ところが「やらなければ」に変わると、扁桃体がその状況を「脅威」として認識し、ストレス反応が起動します。動機は「回避したい」という方向——「回避動機」へと切り替わります。

要は、行動の内容はまったく同じなのに、対象となる物事の認識次第で、脳内の処理回路が丸ごと入れ替わってしまうのです。

ですから、先に申し上げたように、
「学びたかったはずなのに、なぜか逃げたくなる」という状態は、個人的な意志の弱さが問題ではありません。脳のモードのコントロールの仕方がまずいだけなのです。

自分でモードを切り替える

「心理的リアクタンス」が厄介な部分があります。それは、「学びたかった」→「逃げたくなる」という切り替えが、外部からの強制によって起きるのではなく本人の内側で自発的に起きることです。

弊社のトレーニングを例に上げますと、
「このコースを受けることは、自分にとって良いことだ」という認識が最初にあるからこそ、「だから受けなければならない、がんばらなければいけない」に変わっていく。そのように変えているのは自分なのに、そこに気づかないうちに後ろ向きな感情になることです。

心理学では、これを「当為的思考(Should thinking)」という認知のパターンだと説明します。「そうした方がいい」という自由選択の概念だったものが「そうすべきだ」と「義務、強制、拘束」に変換されてしまうパターンです。

責任感が強い人、完璧主義的な傾向のある人など、仕事に対して誠実で真剣な人ほど、このフィルターが自動的に作動しやすいそうです。外部環境がどれだけ整っていても、このフィルターがある限り、どんなに自分が「自分にとって良いこと」を選択したとしても、結果的に義務感を抱え込み、逃避的な心理になるように変換されてしまいます。

ですから、ここで大切なことをお伝えしておきます。
もしあなたが「自分でしたいと思ったから始めたのに、だんだん苦しくなってきた」ということがあるなら、それはあなたの能力や意志の問題ではありません。
それは「義務モードに入った」というシグナルです。

そのときに必要なのは、自己批判ではなく「ああ、あのモードになっちゃってるな」と気づくことです。そして、自分がそもそもなぜ今やっていることを選んだかを思い出してください。そして、いちばん肝心なところ、「私はこれを始めることを選ぶことができて、今それをやっているんだ」と考えることです。つまり「しなければならない」→「できている」と自分でモードを変えることです。それだけで、脳のモードは変わり始めます。

今、弊社のトレーニングコースを受けているあなたは、もし万が一、学習の途中で「セッションに行きたくない」「テキストを開く気になれない」と感じたとしたら、このコースを始めた理由=「自分を成長させたかった」「信頼を獲得できる存在感を身につけたかった」など、本来の目的だったことを静かに思い出してください。そして「私は今、それができている」とモードを変えましょう。

不思議なものですが、使う言葉が変わると、脳の処理モードが変わります。だから、セルフコントロールは、意外と難しくないものがけっこうあります。大事なのは、自分が後ろ向きになるスイッチをいつの間にか知らずに入れていないかどうかに注意すること、気づこうとすることです。