「適切な振る舞い」を支える4つの感覚を理解しておいてください

 

 

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 4つの基本要件

 

これはマナーの基本のさらに基本です。適切な振る舞いを選択するには、4つの欠かせない基本的感覚/能力があります。4つは誰もが自然に持っているものではありますが、持ち方のレベルは人それぞれです。これらを改めて強く意識し、必要な標準にしておくことが、いつでも適切な振る舞いを選ぶときの指針となります。

 

4つの基本要件は以下のとおりです。

 

① 空間と距離の感覚を持つ

② 時間感覚を強く持つ

③ 友好的な雰囲気の演出力を高める

④ 節度・尊重の表現能力を磨く

 

それぞれ詳しく説明していきます。

 

① 空間と距離の感覚を持つ

”リーダーは、人と関わりを持てるほど近くにいながら、人を動かすことができるほど遠くにいなければなりません”という名言があります。空間と距離の感覚をしっかり身につけてください。その感覚は主に「パーソナルスペースの尊重」「距離感を表現する要素の認識」「パブリックとプライベートの線引き」3つの要素で構成されます。

 

 

A. パーソナルスペースの尊重

 

パーソナルスペースは、他の回でもご紹介したように、人間が必要とする自分の周囲のある程度の対人距離(人との距離)です。パーソナルスペースの内部に他者が侵入すると(つまり、他人が近づきすぎると)人は不快感を生じます。これはコミュニケーション上でもマナー上でも非常に気をつけなければいけないことです。

どの程度の距離が必要かを研究した代表的な提唱者は米国の文化人類学研究で知られるE.ホール氏です。その研究によると下記のように定義されます。

●親密な距離:〜45cm以下でも可(家族や恋人、ごく親しい友人など)

●個人的な距離:45cm〜1.2m(親しい友人などとであれば75cm以下でも可、知り合ったばかりの人は75cm以上必要)

●社会的な距離:1.2m〜3.5m(知らない人との会話や正式な商談など)

●公共的な距離:3.5m〜(講演の時の講師と聴衆の距離や要職者との面談などの距離)

 

 

これから考えると、ビジネスなどの関係であれば、個人的な距離として75cm〜1.2m程度を取ることが必要です。間を取ると1mくらいが目安です。

また、さらに親しくない相手、初対面である相手に対しては、もう少し距離が必要です。社会的な距離として1.2m〜3.5mほどが考えられるそうです。これも間をとって2mくらいを目安にしましょう。

ビジネス相手との初対面なら、相手の2m圏内に入る時には一旦立ち止まりちょっと会釈や目礼を加えると、相手のパーソナルスペースに入る前の「入りますよ」の合図にもなり、礼儀正しく映ります。ちょっとしたことですが、このような相手に配慮する所作が安心感や信頼感を生む秘訣ともなります。

(なお、公共の場では3.5m以上の距離が必要です。つまり、講演などで人を呼ぶ場合は聴講者と講演者の距離は3.5m以上離さないと、講演中お互いが居心地よく話の内容に集中できない可能性があります。これも知っておきたいですね。)

 

B. 距離感を表現する要素の認識

 

適切な距離感を表現できることは相手への尊重と節度を表現するために欠かせません。表現するのは以下の要素です。

 

●前述のパーソナルスペースの意識による物理的距離の取り方

先に説明したパーソナルスペースを参考にしてください。この物理的な距離感を意識し、家族やごく親しい相手でない限りは、相手に近づくときは、相手のパーソナルエリアに「侵入する」という感覚を持ってください。通常の間柄の人に1.2mより近づくなら、目礼や言葉がけ(例えば、「そちらに座って構いませんか?」「カタログで説明するのに、席を近づけて構いませんか?」など)でいったん相手の様子を伺ってから入ることが基本です。

 

●相手のパーソナルなエリアへの入り方

近づきすぎに気をつけるだけでなく、急な動きにならないように気をつけてください。乱暴な侵入は不快感や警戒感だけでなく本能的な恐怖感も引き起こします。

 

●言葉づかい(敬語の丁重さ)

敬語は適切に使い分けましょう。相手に対して丁重な言葉を使えば使うほど、距離感を持った表現になります。丁重の度合いが高いと、会話の相手は尊重されているのを感じ、話者の品が高い印象を持ちます。同等のタメ口が親しさを表現すると思う人もいますが、それは相手も心情で親しみを感じており、心情と言葉での距離感が一致しているからこそです。その心情がまだないときに、言葉遣いでの距離感を急に縮めることはパーソナルスペースへの乱暴な侵入と同じことになり、相手の不快感を誘いかねません。

しかし、一方で距離感を強く感じ、親しみを感じられなくなる弊害もあります。例えば、普段は同等語で会話する家族やパートナーなど親しい人でも、喧嘩やいさかいをした途端に口調が馬鹿丁寧になってしまうことはないでしょうか。相手に冷たい態度を取ろうとするととっさに口調が丁寧になります。ですから、ただ丁寧であればいい、ということではありません。「適度な距離感」を感じさせる言葉遣いを意識してください。仕事でつながっている相手なら、「丁寧語」〜「丁寧語+尊敬語+謙譲語」の範囲内での言葉遣いが適切です。

 

(参考)丁重の度合いと距離感の関係

●距離感無し:同等語(タメ口)

私は行くけど、あなたは行く?

●やや距離感:丁寧語のみ

私は行きますが、あなたは行きますか?

●しっかりした距離感:丁寧語+尊敬語

私は行きますが、あなたはいらっしゃいますか?

●かなりしっかりした距離感:丁寧語+尊敬語+謙譲語

私は参りますが、あなたはいらっしゃいますか?

 

 

●相手に対する視線や体の向き

相手に対する視線や体の向きは相手との距離感を表現する大事なボディランゲージです。「視線をきちんと合わせることはコミュニケーション開始の合図」非言語コミュニケーションの専門家は、視線の効果をこのように言い表します。視線の他に体の向きも同様です。対する相手に自分を正面から見せることは、その人との繋がりを望んでいるというジェスチャーになります。

つまり、視線をあまり合わせない、相手に正面を向けない、ということは相手に対して「距離を取りたい」と言っていることにもなります。人と知り合う場面では自分の視線や体の向きにより一層注意してください。

 

 

C. パブリックとプライベートの線引き

 

日本では「パブリック」「プライベート」の感覚にあまり意識的ではありません。しかし、パブリック(公的)とプライベート(私的)の線引きの明確さは世界標準では必ず持っておかなければならない感覚です。前述したように和ではやや曖昧なところがありますので、特に我々が注意すべきところです。自分一人に許された空間(自室など)以外は「パブリック」(他者と共有する時空間、そのため自らを律するべき時空間)、と捉えておいてください。

 

パブリックか。プライベートか、という判断の要素は「場所そのもの」「空間シェアの相手」「自分の立場」で捉えるとわかりやすいでしょう。

 

場所そのもの=自宅以外のほとんどの場所や最優先の使用権利がない場合は「パブリック」、自宅や最優先の使用権利があるなら「プライベート」

空間シェアの相手=数人以上いる場合や親しくない人・知らない他人と共にいるなら「パブリック」、一人またはごくわずかの親しい相手といるなら「プライベート」

自分の立場=何かの団体に属する一員、または代表としているなら「パブリック」、完全に個人的な立場でいるなら「プライベート」

 

人はそれぞれ社会的な役割を持って人と限られた時空間を共有しています。その時は、人への配慮と共に自分の役割の意識が必要だという感覚を理解しておきましょう。

 

 

(補足)

もともと「公私の区別」いう、公的立場や役割があるときの振る舞い方と、純粋に個人的な立場での振る舞い方には意識が高い日本人。どんな場面や場所でも「プライベート」「パブリック」の別は意識して振る舞い方を選択したいものです。

この観点から、前述した「ホテル」と「旅館」の違いをもう少し詳しく説明します。((現在ではホテル形式の旅館もその逆も増えてきましたので、あくまでステレオタイプとしてご覧ください)

ホテルでは自室で過ごすためのスリッパや寝間着、ナイトガウンを着用していても、その格好で部屋の外に出ることは禁じられています。一歩ドアから外に出る時には、つまりパブリックに出るときは、靴、通常の衣服を着用するのが義務なのです。人前では靴は脱がないので、パブリックにスリッパで出るのは不可、リラックス用のルームウェアを着て過ごせるのは、自室というプライベート空間に限られる、他人もいるパブリックでは服装の節度をきちんと守る、という思想が現れています。

一方で旅館では、大体において靴は旅館の玄関をくぐったところで脱いでしまいます。自室以外でも浴場に向かう時などは寝間着がわりにもなる浴衣、というスタイルが一般的です。他人がいる空間であっても、お互いくつろぐ姿でいるのは構わない、そこまで厳しく他人に配慮する必要はない、というおおらかな感覚です。長旅で電車に乗った時などに早々に靴を脱いでリラックスしている日本人が多いのも、そういった大らかなパブリック感覚の表れと言えるでしょう。

どちらが良い、悪い、というのは別として、日本では国際的なパブリック感覚を備えた人も増え始めました。プライバシーや節度に対しての考え方もしっかりしてきています。プライベートとパブリックの別はきちんとできるようにしたほうが良さそうです。プライベートとパブリックの別がつかない人間は、人前での化粧、公共の場所に座り込んでの飲食、などが平気です。これは誰でも不快感を感じないでしょうか。お子様がいらっしゃる方などは、家庭での教育でも「パブリックとプライベートの区別」は伝えた方がいいことかもしれません。

 

 

 

② 時間感覚を強く持つ

 

 

正しい時間感覚は、社会人としての知性を測るバロメーターです。上に立つ立場、人をリードする立場であれば、「時間は万人にとって貴重なもの」「相手の時間についての配慮がなければ、相手の時間を奪う『泥棒行為』に等しい」ということに十分な認識が必要です。特に時間感覚がしっかりしている人は、下記のように「相手の時間に対する心づかい」が感じられる行動をします。

 

●遅刻をしない

●相手に余計な手間をかけさせないよう、できる段取りはしておく

●何度もメールのやり取りをしなくて済むように知らせるべき情報をあらかじめ整理して知らせる

 

ただ、若い時はこのような行動ができていても、ポジションが上がり忙しくなると、時間感覚が鈍くなってしまう人もいます。下記はそんな人が行いがちな行動で、人の時間をいたずらに奪ってしまうことです。

 

●忙しいからしょうがない、と約束の時間に平気で遅れる

●打ち合わせ中にかかってきた電話をとり、会話中相手を待たせる。

●用件がはっきりしないメールや電話で、相手に余計な手間をかけさせる。

●予定を急にキャンセル、変更する(ドタキャンする)

 

人が有効に時間を使う機会を奪うことは人の財産を奪うに等しいと断じる人もいます。そのような行為はたまたま何かのアクシデントのせいであっても「無礼」「配慮や常識がない」「こちらをないがしろにしている」とたちまち思われる行為でもあります。それはヘラヘラと笑って「すみません」で済むレベルのことではなく、誠意を尽くした謝罪が必要である、という認識はしておきましょう。

この時間感覚を持っていない人、軽く考えている人は、だいたいの場合においてどこかで失敗するか、徐々に信頼をなくし、その先の上昇は望めません。

 

 

③ 友好的な雰囲気の演出力を高める

人と知り合うとき、社交の場面では、マナーなどのルールを守ること以前に「友好的な雰囲気」を醸し出せなければなりません。ですから、下記の要素から「友好的な雰囲気」を人に感じさせるだけの印象コントロールが重要です。

 

●笑顔

●体の向き

●視線

●動作

●声

 

これらの要素が、相手から見て非常に好意的に感じることができるものであるよう意識してください。この講座では最初に「印象コントロール」について説明しましたが、それは上のような要素を意識し、演出ができなければ、マナーもままならないからです。

あらためて、ご自身の「見え方」を意識し、適切な態度、雰囲気を演出できるようにしてください。

 

 

④ 節度・尊重の表現能力を磨く

 

上記③と似ていますが、相手に対して「好意」だけでなく、自分は節度がある人間である、相手を尊重している、という雰囲気を自然に身にまとえていることは対外的な場にいるときに特に大切です。

マナーが成立した経緯や目的は様々にありますが、本質的な最大の目的は「リスペクト」なのです。

そのような雰囲気を感じさせるには、前述のように「態度」「雰囲気」を形成する③のような要素のほか、「適切な服装を選ぶ」「言葉遣いに配慮する」「動作に配慮する」といったことも求められます。自分は今していることで周囲の人に対するリスペクトを感じさせることができているかどうか、はあなたが「真に自分にふさわしい振る舞い」を選ぶときの判断基準です。

 

 

 

以上がマナーの基本的な感覚や考え方であり、真に国際的なマナーを身につけるための4つの基本要件です。これらは、はっきりとしたルールやマナーの枝葉を知る前に殊更に意識しておきたいことです。「そう言えば確かに」という常識的なことばかりで、もうすでに知っていると思われたことも多かったと思います、しかし、もういちど確認し直してください。これらを改めて強く意識することは、適切な振る舞いを選ぶときの指針となります。